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岡山地方裁判所 昭和33年(ワ)274号 判決

原告 国

訴訟代理人 加藤宏 外三名

被告 竹内重雄

主文

被告は原告に対し、金十一万四千八百八十四円およびこれに対する昭和三十三年六月二十二日より完済にいたるまで年五分の割合による金員を支払え。

訴訟費用は被告の負担とする。

この判決は仮に執行することができる。

事実

原告訴訟代理人は主文第一、二項同旨の判決ならびに仮執行の宣言を求め、その請求原因として、

一、被告は、昭和二十六年一月二十日岡山県公立学校教員を退職したことを理由として、昭和二十六年四月十二日総理府恩給局長に教育職員普通恩給を請求し、同局長より昭和二十八年六月十八日付をもつて「昭和二十六年二月分から、その請求にかかる教育職員普通恩給を給する」旨の裁定を受け、岡山県神根郵便局において次のとおりこれが給与を受けた。

(イ)  昭和二十八年六月二十九日金八万二千三百三十六円(昭和二十六年二月起算、同二十八年四月渡分まで)

(ロ)  昭和二十八年七月十一日金一万十円(同年七月渡分)

(ハ)  同年十月十二日金一万十円(同年十月渡分)

(ニ)  昭和二十九年一月十一日金一万二千六百二十八円(同年一月渡分)

二、ところが昭和二十八年九月二十二日付の岡山県教育委員会長からの報告書およびこれに添付の岡山地方裁判所の判決謄本によつて、被告は業務上横領事件につき懲役一年六月執行猶予四年に処せられ、その刑は昭和二十六年一月二十七日確定していることが判明したので、恩給局長は昭和二十八年十二月十四日付をもつて「恩給法第九条第二項により右刑が確定した日に恩給を受ける権利が消滅する」旨を被告に通知した。

三、しかし被告はこれを不服として、恩給局長宛具申書を提出したところ、昭和二十九年八月二十七日棄却されたので、更に総理大臣宛訴願したが、右訴願も昭和三十二年一月二十八日棄却された。

四、原告(所管庁東京地方貯金局)は前記支払郵便局を通じ払渡金を返納するよう被告に請求した。被告は恩給を受ける権利がないのに給付を受けているので返納する義務があるにもかかわらず請求に応じない。

五、よつて原告は過払金十一万四千八百八十四円とこれに対する支払命令送達の日の翌日たる昭和三十三年六月二十二日から完済にいたるまで民事法定利率による年五分の割合による損害金の支払を求めるため本申立に及んだ。

六、前記昭和二十五年三月十七日付岡山地方裁判所の判決によると、「被告は元倉敷高等女学校教諭在職中昭和二十年四月二十五日頃同女学校が広島陸軍被服支廠出張所第一学校工場となつた際、同校工場主任となり同年八月十五日終戦と共に同学校工場が閉鎖された後は其残務整理主任となつた」とあるが、右の学校工場主任及び残務整理主任は同校教諭として、昭和十三年六月九日発晋第八五号文部次官から地方長官あて「中等学校の集団的勤労作業運動の実施に関する要項」、昭和十五年五月十二日動総第一七号文部省総務局長から地方長官あて「工場事業物等学徒勤労動員学校例措置要綱に関する件」、昭和十六年七月二十八日発体第一一二号文部次官から地方長官および各学校長あて「青少年学徒国防事業に関する件」の各通牒の趣旨に基き学生に対する国民精神の昂揚と献身奉仕に徹する実践教育を施すために国家総動員法第五条に基く国民勤労報国協力令及び同令施行規則によつて任命されたものであつて、単なる労働力提供の勤労奉仕隊の主任業務とは自らその趣を異にし、教諭としての職務と右主任の業務とは一体不可分の関係にあつたものであるから、被告の前記犯罪は恩給法上の公務員としての教育職員としてその職務執行中になされたものであり、教育職員としての職務とその犯罪とは相当因果関係に立つものであるからかかる場合は恩給法第九条第二項の規定に該当するものなることは明らかである。従つて、前記恩給局長の通知に対する不服申立として被告のなした訴願に対する総理大臣の裁決は適法である。

と述べ、被告の主張に対し、

七、恩給法第九条第二項に規定する「禁錮以上の刑に処せられたるとき」とは禁錮以上の刑について執行猶予の確定判決を受けた場合を含むものと解すべきであり、なお刑の執行猶予の効力について規定した刑法第二十七条において刑の言渡はその効力を失うとは、刑を執行しないことが終局的に確定することをいうのであつて、さかのぼつて刑に処せられなかつた、即ち確定判決がなかつたとみなす趣旨ではない。

刑に処せられたことによつて消滅した一定の権利または資格が執行猶予の期間を無事経過した場合復活するかどうかはそれぞれの関係法令に基いて決定さるべきことであつて恩給法第九条第二項においては禁錮以上の刑に処せられたことによつて恩給を受ける権利が絶対的に消滅するものと定められ、その復活が認められていない以上一旦消滅した恩給受給権が執行猶予期間を無事経過したことによつて当然に復活することはあり得ない。

八、仮りに恩給法第九条第二項に関する解釈が被告主張のとおりであるとしても、それと異る解釈に基きなされた前記裁定には重大かつ明白な瑕疵があるとはいえないから、無効ではない。

九、次に被告は、「学校工場の主任を命ぜられたのは学校長からでなく被服廠側からであつた」と主張する。しかし当時被告が倉敷高等女学校教諭の地位にあつたことは明白であるが、当時工場の主任として学校長が被告を任命した資料は現存しないのでこれを立証することは困難である。しかし原告がさきに挙示した諸法令によれば、当然学校長から任命された筈であつて被服廠側から任命されたということは全然予想だにされない。

原告はしかしその立証をここでなす必要があるかどうか疑問に思う。何となれば原告の請求は恩給の裁定が取消されたことを理由として既に支払つた恩給金の返還を求めているのである。

ところで、被告は右取消裁決は無効である。従つて恩給裁定は生きているから被告は恩給を受領する権限があるというのにあると思われる。

民事事件においても前提問題として行政処分の効力を争うことはできるとされている。しかし恩給を受ける権利は総理府恩給局長の裁定があつてはじめて具体的な恩給権として発生するのであつて、それが存しない以上恩給は受給できない。本件の場合、一度恩給裁定がなされたがその後恩給法第九条第二項該当の故をもつて恩給局長の恩給権消滅通知がなされ更にこれに対する恩給局長ならびに総理大臣の各裁決がなされて恩給権消滅の効果は関係庁を覊束する効力をもつて確定されたわけである。この総理大臣の裁決が取消されぬ限り、被告は恩給を受領する権利は有しないことは明白である。

この関係は労働者災害補償保険法に基く保険給付について保険給付に関する決定があつて初めて具体的請求権として成立するから、支給決定がなされないか、または不支給決定が取消されない限りは国に対する直接給付の訴は不適法であるとされるのと類似すると思われる。

すなわち、被告が恩給受領権ありとすれば、いかなる場合にもその旨の恩給局長の裁定がなければならず、唯単に本件のように取消裁決が無効であるということを前提として争うだけでは直接恩給受領権があるということにはならない。

また、阪りに無効を主張することができるとしても、被告が主張するような事由は重大かつ明白な瑕疵とはいえない。

と述べ、立証として甲第一ないし第三号証を提出した。

被告は、原告の請求を棄却する、訴訟費用は原告の負担とするとの判決を求め、答弁として、

一、原告主張の請求原因一の事実を認める。

二、同請求原因二の事実中、被告が岡山地方裁判所で業務上横領被告事件について懲役一年六月執行猶予四年の言渡を受けたこと、右猶予期間が経過した事実は認めるが、その他の事実を否認する。

三、請求原因三の事実は認めるが、後に述べるように原告主張の裁決は法律上の解釈を誤つた不当のものである。

四、請求原因四の事実を争う。被告は今日まで依然として、恩給を受ける権利を有しているので、原告の請求は理由がない。

五、すなわち、内閣総理大臣のなした裁決は次の事由によつて無効である。

原告主張の被告の犯罪行為は、被告の在職中の職務に関する犯罪ではない。

(一)  被告は元倉敷高等女学校の教諭として勤務中昭和十八年四月頃同学校長の命を受け学徒隊長として学徒と共に広島陸軍被服支廠倉敷出張所に動員され、じらい教壇をはなれて被服廠の命令によつて行動し、昭和二十年八月終戦と共に学徒隊長たるの資格を喪失して学校に復帰した。

昭和二十年四月二十五日頃同女学校が右倉敷出張所第一学校工場となつた際、被告は被服廠における深夜業連続の最中であつて、同女学校長から同学校工場主任を命ぜられたことはなく、学校工場の主任は同女学校教諭松田章であつた。

昭和二十年八月終戦と共に、右学校工場が閉鎖されたが、その際被告は右倉敷出張所長鎌田大佐から、学校工場に残存した被服廠の物資について整理保管の業務を委嘱されたのでこれを承諾し、残品の保管警備に従事した。この被告の業務を「残務整理主任」とか「後継学校工場主任」とか呼んでいたが、右の残存物資は学校工場の廃止と共に、専ら被服廠の所管に移り学校としては一切の責任から解放され何らの権利もなく、従つて学校長が教諭に対してその保管を命じうる根拠はないのみならず、学校長が被告に対して「残務整理主任」を命じた事実は全くない。

右のように被告が学校工場に残存した被服廠の物資を保管中これを横領した事実があるとしても、それは教員としての職務の執行とは全く関係のないことで、たまたま被告が個人の資格で被服廠から委嘱を受けた業務に従事中の犯罪行為であるにすぎない。しかも被告は右の物資保管については、残品警備の困難の故に被服廠の寺沢曹長から全物資の処分権を与える旨の承諾を得ていたのであるから、業務上横領などという犯罪が成立するはずはない。

要するに、恩給法第九条第二項の適用を受ける事実を全く欠いているものである。

(二)  かりに、原告主張の判決理由に示すように、被告が右学校工場の主任となり、昭和二十年八月十五日終戦と共に、その残務整理主任を命ぜられ、物資保管の業務に従事したとしても、右判決に示す被告の行為をもつて在職中の職務に関する犯罪ということはできない。

(イ)  原告主張の判決の理由によると、被告の犯罪行為は、被告が倉敷高等女学校教諭在職中昭和二十年四月二十五日頃同女学校が陸軍被服支廠出張所第一工場となつた際同学校工場主任となり「終戦と共に右学校工場が閉鎖された後残務整理主任となつた」際に行われたものであつて、被告の当時の身分は陸軍被服支廠出張所第一工場残務整理主任であつたことは、一点疑をいれる余地がない。被告は右業務に従事中犯行に及んだもので業務上横領の刑責を問われることは当然であるが、右は当時の被告の業務であつて、被告の職務は他に存したのである。即ち被告の当時の職務は女学校教諭それ自体である。職務の本質はその権限が法令に規制されていなければならないこと当然であるが、いわゆる学徒動員による工場主任または残務整理主任についてその職務権限が法令に規制されたものは存在しない。昭和十三年六月九日発晋第八五号文部次官から各地方長官にあてた通牒「中等学校の集団的勤労作業運動の実施に関する要綱」や昭和十六年七月二十八日発体第一一二号文部次官から地方長官および学校長あての通牒「青少年学徒国防事業に関する件」および昭和十五年五月十二日動総第一七号文部省総務局長から地方長官にあてた通牒「工場事業場等学徒勤労動員学校例措置要綱に関する件」等には、学徒総動員の指導理念が明らかとなつているにすぎずして、工場主任等の職務権限については何等触れるところがない。

従つて被告が残務整理主任としての間の犯行については業務上の犯行といえるが、職務に関する犯罪とは認められない。しかも被告の職務は女学校教諭であつてこの被告の職務は職務整理主任としての業務と重畳的に併存したものではない。すなわち、国家総動員法下における動員中の学徒隊長は教育学に示される教育者ではなく、教壇から離れて専ら動員業務の指揮にあたつていたのであつて、被告の職務たる女学校教諭としての職務は、学徒総動員中は休止の状態にあつたものと認めるのが当時の実情に合致するものというべきである。これを要するに被告の前示犯行は恩給法第九条第二項に該当しない。

(ロ)  仮りに被告の犯行が恩給法第九条第二項の在職中の職務に関する犯罪に該当するとしても、被告が執行猶予期間を無事に経過したことによつて、法律上無となつたものであるからこれに同法条を適用するのは誤りである。

刑法第二十七条にいわゆる「刑の言渡はその効力を失う」とは有罪の言渡が遡つて当初から存在しなくなるという意義であつて、このように解することによつて法が刑の執行猶予制度を設けて犯人の改過遷善を計つた目的が貫徹しうるのである。

(昭和二六年一一月二六日東京高裁判決、高裁刑集第四巻第一三号第一九六九頁、昭和二八年七月二八日名古屋高裁判決、リスト、八三頁、小野清一郎「刑の執行猶予と有罪判決の宣告猶予およびその他」六八頁等参照)

次に執行猶予の期間を無事に経過した場合と他の法令中資格を喪失する規定あるものとの関係を検討すると、判例は、選挙違反罪との関係において、執行猶予の期間が無事経過したときは一度喪失された選挙権被選挙権の資格が回復されるものとしている(昭和一三年五月三日大審院判決刑集第一七巻第三六七頁、昭和五年一二月二四日行政裁判所判決、小野、前掲書一〇五頁等参照)。

以上のごとく考察してくると、被告の前示犯行に対してその執行猶予の期間が無事終了したのに拘らず、これに恩給法第九条を適用して、被告の「受恩給者」という資格を剥奪しようとするのは明らかに誤りであると信ずる。

と述べ、立証として証人松田章の証言を援用し、甲号各証の成立を認めると述べた。

当裁判所は職権をもつて被告本人を尋問した。

理由

一、被告が昭和二十六年一月二十日岡山県公立学校教員を退職したことを理由として、昭和二十六年四月十二日総理府恩給局長に教育職員普通恩給を請求し、同局長より昭和二十八年六月十八日付をもつて「昭和二十六年二月分からその請求にかかる教育職員普通恩給を給する」旨の裁定を受け、岡山県神根郵便局において

(イ)  昭和二十八年六月二十九日金八万二千三百三十六円(昭和二十六年二月起算、同二十八年四月渡分まで)

(ロ)  昭和二十八年七月十一日金一万十円(同年七月渡分)

(ハ)  同年十月十二日金一万十円(同年十月渡分)

(ニ)  昭和二十九年一月十一日金一万二千六百二十八円(同年一月渡分)

の各給付を受取つたこと、被告が岡山地方裁判所において業務上横領罪により懲役一年六月執行猶予四年に処せられたことはいずれも当事者間に争がなく、成立に争のない甲第一号証によると同判決は昭和二十六年一月二十七日上告棄却によつて確定したことが認められ、また総理府恩給局長が、昭和二十八年十二月十四日付恩公審議発第四十五号をもつて、被告に対し、恩給法第九条第二項により懲役一年六月執行猶予四年の刑が確定した日に恩給を受ける権利が消滅する旨の通知をしたことは成立につき争のない甲第二、三号証を綜合してこれを認めることができ、被告が、これを不服として恩給局長あて具申書を提出したところ昭和二十九年八月二十七日棄却の裁決がなされ、更にこれに対し内閣総理大臣に訴願したが、右訴願も昭和三十二年一月二十八日棄却せられたことは当事者間に争がない。

二、よつて総理府恩給局長の前記恩給権消滅の通知、したがつて総理大臣の前記訴願棄却の裁決の効力について判断を加える。

(一)  恩給局長の前記恩給権消滅の通知が恩給の裁定(昭和二十八年六月十八日付)の取消処分をも含んでいることは明らかであり、総理大臣の右裁決につき行政訴訟が提起されず、既に確定していることは弁論の全趣旨によつて認められる。

(二)  恩給法第九条第二項によると、在職中の職務に関する犯罪(過失犯を除く)により禁錮以上の刑に処せられたときは、年金たる恩給を受ける権利が消滅する旨規定している。ところでその処刑の原因となつた犯罪が恩給権の消滅事由たる「職務に関する犯罪」であるかどうかは同法の見地からこれを決すべきであるが、その処罰の原因となつた犯罪は、当該判決によつて確定された犯罪構成要件該当事実と適条によつて、おのずから確定せらるべき性質のものである。したがつて恩給法第九条第二項所定の恩給権消滅事由の存否に関し犯罪構成要件事実の不存在または免責事由等を主張することは、結局有罪判決の宣告そのものを否定することにひとしいので、かかる主張は許されない。

被告は、前記岡山地方裁判所の判決の理由中、被告が昭和二十年四月二十五日頃広島陸軍被服支廠倉敷出張所第一学校工場の工場主任となつたとの事実は存在しないと主張し、証人松田章の証言によると、その頃第一学校工場主任となつたのは被告ではなく、松田章であると認められ、それをくつがえすに足る証拠はないが、右の事実は、後に判断するように、右判決で確定した業務上横領罪の犯罪構成要件たる事実に属しない。また被告は、業務上横領罪の成立する余地がない旨の主張をするが、かかる主張が許されないことは既に説示したとおりである。

ところで、前記岡山地方裁判所の判決が確定した犯罪がいかなる犯罪構成要件事実を確定したものであるかについて検討すると、成立につき争のない甲第一号証によれば、岡山地方裁判所は被告に対する業務上横領被告事件につき昭和二十五年三月十七日言渡の判決において、被告を懲役一年六月執行猶四年間に処し、その理由において、被告は元倉敷高等女学校の教諭をしており、昭和二十年四月二十五日頃同女学校は広島陸軍被服支廠倉敷出張所第一学校工場となつたが、同年八月十五日今次大平洋戦争の終戦と共に学校工場が閉鎖された後は、その残務整理主任となり、同工場内にある生地の原反や裁断したもの或は製品の保管の任務に当つていたものであること、終戦後間もなく右出張所の命により同工場に残存していた前記原反や裁断衣袴等は総て日本衣料統制株式会社に引渡すことになつていたもので被告等の責任において右学校で業務上保管していたものであるが、被告は同年十月上旬から十一月上旬頃まで三回に亘り右残存衣料品の内原反七十二梱及び雨外套五十枚をほしいままに被告の自宅に持帰りもつて業務上横領したものであることを認定しこれを刑法第二五三条の業務上横領罪に該当する旨判示し、右判決は昭和二十六年一月二十七日確定したことが明らかである。

してみると、右判決は、被告の業務上占有の事実を判示するため、その職務発生の原因たる事実として、最小限度において、大平洋戦争中元倉敷高等女学校内に設置された広島陸軍被服支廠倉敷出張所第一学校工場が終戦と共に閉鎖された後、同女学校教諭の身分を保有していた被告が右第一学校工場の残務整理主任となり、右出張所の命により同工場内にあつた生地その他製品の保管の任務に当つた事実を確定したものというべきである。

(三)  そこで被告の右犯罪が恩給法第九条第二項の在職中の職務に関する犯罪であるかどうかについて考察する。

いかなる犯罪が「在職中の職務に関する犯罪」であるかは、同条同項の趣旨に従つて具体的に判断すべきであるが、同条同項は恩給法が他の条項において単に(懲役もしくは禁錮の)刑に処せられた時というように(例同条第一項第二号、同法第五一条第二号、第五八条の二等参照)法秩序違反一般に著目して規定したのと趣を異にし、「在職中の職務に関する犯罪により(過失犯を除く)」と限定していることから、職務秩序の違反に着目し官紀維持のため設けられた規定であつて当該公務員が法令上管掌する職務ならびにこれと関連するため事実上所管する職務に関し、またはその執行中に行われた犯罪はもちろん、その犯罪が必然的に職務秩序を害するものと通常考えられるような関係にある犯罪もまた、右にいわゆる「在職中の職務に関する犯罪」にあたるものと解するのが相当である。

そこで本件の場合について審案すると、元倉敷高等女学校に設置せられた広島陸軍被服支廠第一学校工場における同女学校教職員生徒等の従事した仕事は、国家総動員法第五条、国民勤労報国協力令(昭和十六年十一月二十二日勅令第九百九十五号)同令施行規則(昭和十六年十二月一日厚生文部省令第三号)に基く学校在学者の国民勤労報国隊による国家総動員業務への協力業務(いわゆる青少年学徒動員)であつたことが明らかであり、右第一学校工場の指導者または監督者たる地位もまた右法令に基くものと解せざるを得ない。そして昭和十三年六月九日発第八五号文部次官より地方長官あての通牒「中等学校の集団的勤労作業運動の実施に関する要綱」、昭和十五年五月十二日動総第一七号文部省総務局長および学徒動員本部総務部長より各地方長官あての「工場事業場等学徒勤労動員学校例措置要綱に関する件」昭和十六年七月二十八日発体第一一二号通牒による文部次官より地方長官および各学校長あての「青少年学徒国防事業に関する件」等によれば、学徒動員中においても、学生に対する国民精神の昂揚と献身奉仕に徹する実践教育を施すことが要請せられ、前記法令に基き任命された学徒隊長ないし監督者が常に教育職員として教育上の職務を遂行すべき任務を負わされていたことが明らかである。

被告が前記第一学校工場閉鎖後同工場の残務整理主任となつたことは、前記判決の確定するところであり、その業務内容は本来の教育的職務でないことは被告の主張するところであるけれども、学校在学者の国民勤労報国隊による国家総動員協力業務の残務整理であることは明らかである。してみると被告が右第一学校工場の残務整理主任となつたということは、前記国民勤労報国協力令、同令施行規則等に基くものといわざるを得ない。

被告は、学校長から残務整理主任を命ぜられたことはないと主張するが、学校長による選任および本人に対する通知(国民勤労報国協力令第六ないし第八条)なくして、判決のいうよに残務整理主任となることはもちろん、出張所の業務上の命令を受けることは起りえないのみならず、被告の右主張は、右判決の確定した業務上占有の事実にていしよくするので、採用することができない。

してみると、被告が広島陸軍被服支廠倉敷出張所第一学校工場の残務整理主任となり、同工場残存物資の保管業務に従事したことは、被告が元倉敷高等女学校教諭として法令上管掌する本来の職務に関連し、法令に基きこれに附随する職務の執行としてなされたものであり、被告の前記犯罪は恩給法第九条第二項にいう在職中の職務に関する犯罪に該当するものといわねばならない。

(四)  次に被告が右認定の犯罪により、懲役一年六月執行猶予四年に処せられたことが、恩給法第九条第二項に定める恩給権の消滅事由に当るかどうかについて考察する。

被告は、恩給法第九条第二項は、在職中の職務に関する犯罪により禁錮以上の刑に処せられたときと規定しているので、本件のように執行猶予の言渡を受けそれが取消されることなくして猶予期間を経過した場合その刑の言渡は効力を失うからこのような場合、同条同項に該当しないと主張する。恩給法第九条第二項にいう「禁錮以上の刑に処せられたるとき」とは、一般の用語例からいつても、また恩給法第五十一条第一項第二号が「在職中禁錮以上の刑に処せられたるとき」を恩給権受給資格の喪失事由としていることの均衡上からみてもおよそ刑の言渡(確定判決)があつたすべての場合を含み執行猶予の有無を問わないものと解するのが相当である。したがつて在職中の犯罪により禁錮以上の刑に処せられたるときは、同法第九条第二項により、既に要件を完成して成立した基本たる恩給請求権が法律上当然に消滅するわけである。

もつとも刑法第二十七条は刑の執行猶予の言渡を取消されることなくして猶予の期間を経過したるときは刑の言渡はその効力を失うと規定しているが、これによつて刑の言渡という事実そのものを抹殺するものではない。

刑に処せられたことによつて消滅した一定の権利または資格が、執行猶予を取消されることなくして猶予期間を経過した場合、復活するかどうかは、それぞれの関係法令に基いて決定さるべきことであつて、恩給法第九条第二項においては在職中の職務に関する犯罪により禁錮以上の刑に処せられたこと(もちろん執行猶予の言渡があつた場合を含む)自体によつて恩給を受ける権利が絶対的に消滅するものと定められその復活が認められていない以上、一たん消滅した恩給受給権が、執行猶予期間をその取消を受けることなく経過したことによつて、当然に復活することはあり得ないものと解すべきである。

(五)  以上説示したところにより、恩給局長の昭和二十八年十二月十四日付恩給権消滅の通知、ならびに総理大臣のした昭和三十二年一月二十八日付訴願棄却の裁決は適法有効であるというべきである。

三、したがつて、恩給局長が被告の申請に対し昭和二十八年六月十六日付でした教育職員普通恩給を給する旨の裁定は遡及的に効力を失つたものであるから、被告は前記金十一万四千八百八十四円を法律上の原因なくして原告から給付を受けて利得し、原告に損失を与えたことになり、特段の主張立証なきかぎり、被告は原告に対し金十一万四千八百八十四円および本件支払命令送達の日の翌日であること記録上明らかな昭和三十三年六月二十二日から完済まで民法所定の年五分の割合による損害金を付して支払うべき義務があるものである。

よつて原告の本訴請求は正当としてこれを認容し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八十九条を、仮執行の宣言につき同法第百九十六条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 緒方節郎)

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